「養生」という言葉を聞いて、どんなイメージを持たれるでしょうか。どこか昔のもの、あるいは特別な健康法のように感じる方もいらっしゃるかもしれません。
実はこの考え方が体系的にまとめられたのは、今から300年以上前のことでした。江戸時代の儒学者・本草学者である貝原益軒が著した『養生訓』は、現代にも通じる「健康の原点」を私たちに問いかけてきます。
貝原益軒とは、どんな人物だったのか
貝原益軒(1630–1714)は、福岡藩に仕えた儒学者・本草学者(薬草や自然を研究する学者)です。医師ではありませんが、中国医学・日本の経験医学・儒学を学び、「どう生きると健康でいられるか」を生涯かけて考え続けた人物でした。
江戸時代の平均寿命は約30〜40歳と言われますが、これは乳幼児死亡率が非常に高いための数字です。
実際には、幼少期を生き延びた人は60歳前後まで生きることが珍しくありませんでした。
その中で、貝原益軒は80歳まで生きました。
当時としては明らかな長寿で、『養生訓』はまさに自分自身の生き様と実証に基づいた養生論でもあります。
特筆すべきは、彼が理論よりも実体験を重視したことです。
- 若い頃は病弱
- 無理な生活で体調を崩す
- 養生を実践することで80歳を超える長寿を全う
机上の理論ではなく、自分の身体で検証した生活哲学として『養生訓』は書かれています。だからこそ、300年の時を超えて、私たちの心に響くのかもしれません。
『養生訓』の要点を、現代語で要約すると
『養生訓』は全8巻から成り、食事・睡眠・運動・感情・老いとの向き合い方まで、日常のすべてがテーマです。難しく聞こえますが、内容はシンプルです。
① 食べすぎないことが、最大の養生
益軒は「腹八分」を何度も説いています。美食よりも、消化できる量を守ることが健康の基本だと考えました。
現代の「胃腸疲労」「血糖値スパイク」「腸内環境」の話と、同じ方向を向いています。人間の生存には欠かせない「食」のテーマ。特に食べ過ぎから引き起こされる身体への長期的な影響は、食料が今ほど豊かでなかった江戸時代でも、すでに懸念されていたようです。
② 動かないのも、動きすぎも良くない
激しい運動よりも、日々よく身体を使うことを推奨しています。歩く、家事をする、座りっぱなしを避ける。これは現代で言う「生活活動量を保つ」という考え方そのものです。
休養と活動のバランスをいかにとるか。これは私たちにもそのまま当てはまります。
③ 感情の乱れは、病のもと
怒り・憂い・過度な欲は、身体を損なうと記されています。ここは東洋医学的な「心身一如」の視点です。感情に振り回されすぎないことの大切さを、益軒は説いています。
ストレス社会と言われる現代において、この教えは一層の重みを持つように感じます。
④ 病気になる前の手当てが、最上の医療
『養生訓』の核心は、ここにあります。
「病して後に医を求むるは、遅し」
症状が出てから治すのではなく、日々の積み重ねで、病にならない身体を育てるという考え方です。これは現代で言う「予防医学」「未病ケア」にほかなりません。
現代に「当てはまること」
『養生訓』に書かれている内容は、現代にも十分当てはまります。
- 食べすぎ・飲みすぎを避ける
- 睡眠を大切にする
- 感情のケアを怠らない
- 生活リズムを整える
これらは、最新の医学研究でも繰り返し語られている内容です。300年前に、すでに本質は見抜かれていたと言えるでしょう。
いま私たちに必要な「現代の養生」とは
『養生訓』が教えてくれるのは、「特別な健康法」ではなく、自分の身体をよく観察する姿勢です。
- 疲れやすくなっていないか
- 眠りは浅くなっていないか
- 食べ過ぎていないか
身体は、いつも小さなサインを出しています。それに気づき、整えていくことこそが、現代版・養生なのだと思います。
忙しい日々の中で、自分の身体の声に耳を傾ける時間を持つこと。それだけでも、大きな一歩です。
鍼灸という選択肢も、養生の一部として
鍼灸は、「症状を取る」だけのものではありません。血流・自律神経・内臓の働きを整え、未病の段階で立て直すための手段でもあります。
江戸時代の養生訓と、現代の鍼灸。時代は違っても、目指しているのは「無理を重ねない身体づくり」であり、「気づく力を高めること」かもしれません。
サロンBIOでは、お一人おひとりの身体の状態に寄り添いながら、鍼灸や漢方で養生をご提案しています。ご自身の身体と向き合う時間を、ぜひ作りませんか。
コメント